【2】
  「それ」を発見したのは少女の入っている踏査班だった。いつものとおり踏査調査を終えて帰ってきた彼らは素晴らしい土産を持っていたのである。
「これは・・・・」
   踏査班の班長が持ってきたのはこぶし大の土の塊のようだった。だが一部変色しているところがある。
「大きく回りを掘って持ってきたんです。泥炭の地層とくっついて剥がれにくいので、周りから樹脂で固めながらでないと壊れてしまうと思って。でもほら。ここ、明らかに金ですよね」
   変色して緑がかっている部分が露出していた。金彩の土器。一部の貴族か、あるいは祭壇への供物か。その周辺には多くの出土品が眠っている可能性が高い。ことによると埋葬された本人に会える可能性もある。そうなれば、人種、文化、生活、これまで以上のことが明らかになるのだ。
「水を使いながら樹脂で固めて取り出すんだ。出土場所は抑えてあるだろうね」
「もちろんです」 と班長が言いながら振り返った。
「ええ。もちろん。・・・・そうだ、彼女がまず見つけたんですよ」
   少女は照れたように一歩退いて隠れようとするのを無理やり引っ張り出される。
「一番目の幸運というやつかな? 発掘調査は初めてだって言うのに凄いよ」
「いえ・・・・。あの、そんなこと・・・・」
「どんな場所だった?」
「最初に案内してもらった沼地みたいになっているところのすぐ近くの、日の射さない窪地です。踏査調査しているうちにつまずいて。本当に偶然なんです。何となく普通の石とは違っていたように見えて――」
   その時に少女が取った行動は、自分で掘り起こそうとするのではなく、自信が無いながらともかく目印になるような物を置いてから他のチームのメンバーを呼びに行ったことだった。
「正解だな。よくやった。で、そのあとは?」
   後を引き取って調査班の班長が続けた。
「もちろん確認作業に入りましたよ。いくつか同じようなものが出土しています。故意に砕かれた土器の欠片ですね。皆同じように金で彩色してある。等間隔で並んでいるようでしたので、特に念入りに調査したところ、ちょっと行った所に大きなブロックのようなものが埋まっているのがわかって、今そこも調べている最中ですね。全体的に泥炭層に埋まっているのが難点ですが――。いいものです。恐らく何かの碑のようなもののようですね。かなりの大きさがあります」
「てことは、掘り出す価値があるってことだな? 今どれだけ人数が割ける?」
「せいぜい五人か、多くて六人ってとこかな?」
「踏査班も含めるか・・・・」
「そうなると十人ちょっと、か」
「西の方の道路側発掘現場からは人は割けないよ。あれも大切な遺蹟現場だからね」
「じゃあその十人でやるしかないな」
「あの・・・・」 と少女がおずおずと問い掛ける。
「発掘作業。私もできるんですか?」
「そうだとも。あんたも貴重な戦力だからね。今度は気をつけて。せっかくの出土品を壊さないように作業するんだよ」
「そんなこと・・・・」
   少女は頬を赤くしたが嬉しそうだった。




   計画の組み直しはすぐに行われ、翌日から早速作業が行われた。作業班には青年の姿もあり、そのことも少女を喜ばせていた。
「ロープで固定してウィンチと滑車で引き上げよう」
   キャンプから現場まで用具一式を引きずりながら、成果を期待して彼らは出かけていった。作業は簡単ではなかったが、彼らは慣れており、作業は手際よく進められていた。現場を統率するのは作業になれた現地の監督者だった。こういった遺蹟の調査隊の手伝いを専門にしている人間で、経験をつんでいる者だ。大きな声で作業の指示をとりながら、しょっちゅう威勢の良い悪態をついているような人物だった。
   発掘作業に参加できると言われて喜んでいたが、この現場監督からしてみれば、まだ参加して日の浅い青年と少女は足手まといであり、結局二人は作業準備が完了するまで、現場の隅のほうでそれをはらはら眺めていることになった。
「何?」
   青年の視線を感じて、少女が振り向く。
「小夜。何を・・・・感じるのですか?」
「ううん。私・・・・」 女王にはシュヴァリエには感じられない何かを感じる能力があるのかもしれない。
「なんでもない。どっちみち、私たちがあの発掘に手を貸すことはできないから」
   こうして大人しく見守るしか少女たちには手がなかった。最初に少女が思い詰めた様子でこの場所に行きたいと言ったときから、青年には何かしら自分たちに関わる何かがここに在るような気がしてならなかった。嫌な予感とも、いい予感ともつかない。ただ何かがある、そんな予感。わずかに眉を寄せ、青年も作業を見つめ続けた。
   頭の部分がほんの少しだけ顔を出していた石碑は周囲を慎重に掘られ、横倒しになったまま埋められていた部分をすべて曝されていた。下向きに地面に倒れている部分だけが隠されている。倒れているその石碑をウィンチで引き起こし、仮に立てかけるためにすぐ傍の地面にはそれ用の竪穴が掘られていた。
   電源が呻り声を上げ、ウィンチの滑車が廻る。石碑が細かく左右に揺らぎ始めた。
「始まった」
   少女の肌が粟立っていた。心配そうな青年の視線に気がつきもせず、一心に作業を見つめている。少女が感じ取っているものを青年は感じ取れなかった。それが余計に彼の不安をあおっていた。
   わずかに地面から登頂部分が離れる。やがてゆっくりと石碑が起き上がり始めた。今まで表を見せてこなかった裏面が徐々に姿を見せ始める。現場監督の怒声が響き渡る。ウィンチのきしみ声と油のこげるような匂い。作業に関わっている者たちは固唾を呑んで見守っていた。
   風が強く吹き始めていた。
「湿った匂いがする」
   少女がつぶやく。木の葉があたりに舞い散る。鳥たちが枝から飛び立ち、不安を訴えて啼いた。いつの間にか空が暗くなっていた。大きな石碑がゆったりと身を起こしていく。その上端が地面を離れてその姿を見せ始める。
「あれは・・・・」
   少女がつぶやいた言葉は青年以外の者たちには届かなかった。
「そんなことって・・・・」
「小夜?」
   少女には見える。だが青年には未だ見えていない。
「大丈夫。でも・・・・」
   少女の目は縫いとめられたように石碑を見つめて動かなかった。石碑は地面に置かれていた側が真っ黒に煤けていて、何が刻まれているのかまったくわからない。だが今、そちら側は少女たちの方にはっきりと向いていた。青年が鋭く息を呑む。
「小夜・・・・」
   その時には少女が見つめたものを青年もまた見出していた。同じような驚愕に囚われながら青年は言った。
「小夜。今は――」
「わかっている。ハジ」
   何が起こっていようとも、今は止める術がなかった。ただじっとそれを見守るしかない。少女の肩が震えている。その肩を青年がそっと抑えた。
   空が小さな唸り声を上げ始めた。
「一旦キャンプ地に戻りますか?今ならば気分が悪くなったと言えば誰もとがめだてしないでしょう」
「ダメ。ここにいなくちゃ。アレを見ていなくちゃ・・・・。何が起こるのかを」
   少女は魅せられたように作業現場を見ている。石碑の側面と背後の面は普通の石版と変わらなかった。だが地面に伏せられるように接していた部分は明らかに他の面と異なった素材になっていた。まるで固められた樹脂の断面のような。長い間地中に在って泥炭で汚れていたものの、信じられないくらい大きな樹脂の塊がその面を覆っていた。まだ誰も泥炭のためにそれが何なのか気がついていない。向こうの空に小さな光の閃きが生じている。
   それが着実に起き上がり、地面を離れ始めたとき、雨が降りだした。最初から強い雨に、あっと言う間に彼らはずぶぬれになった。ウィンチが泥で滑り、作業員以外の大勢が手伝いに群がる。ある者は支え綱にしがみつき、滑りを何とか止めようとはかない努力をした。ある者は大声で激励を叫び、その他大勢が加勢して綱を引き始める。
   雨は何者にも容赦がなかった。少女の薄いシャツがたちまちぐっしょりとなり、青年の黒髪からも水が滴り落ちる。この機会に二人は急いで加勢の中に入り、石碑のすぐ傍まで近寄った。雨が泥炭を流れ落としている。低い音が鳴り響いたかと思うと真っ白い光が閃いた。辺りはいつの間にか真っ暗だった。稲妻の輝きが薄明の世界を蒼白さと閃光の色に砕いた。周囲を引き裂くかのようなすさまじい雷鳴に、すべての物音が掻き消える。石碑はほとんど直立していた。
   作業はまるでスローモーションの映像を観ているようだった。雨に洗われ、稲妻に耀く石碑の表面が小夜たちに曝されている。信じられないものが目の前にあった。先ほど小夜が見とおしたものを、今、全員が半分豪雨に視界を奪われながらはっきりと見つめていた。
   石碑はその中をくりぬかれ、樹脂で固められていた。そしてその中に安置されていたのは、固く抱きあったままの男女一対の石の像だった。
   石碑がゆっくりと基盤となる穴の中に下されようとした時、あたりを揺るがすほどの轟音と共に視界が真っ白になり、空気に爆ぜるような金属的な匂いが立ち込めた。同時にウィンチが異様な軋み声を上げて、突然反対向きに滑車が回転し、あっと言う間もなく滑車から綱が外れ、石碑が傾いた。男たちは大声を上げて綱を支えようとした。だが雨に濡れた足場は悪く、両手は濡れて滑りやすかった。石碑の傾きを修正しようにもぐらぐらと揺らぐ石碑を止めることができない。その勢いのまま、石碑は調査隊の目の前で、その努力を嘲笑うかのようにゆっくりと地面に落ち、そして倒れた。
   稲妻が再び光り、雷鳴が悪魔の哄笑のように鳴り響く中、石碑は横に真っ二つに割れていた。樹脂が砕け、石碑の中央からは血のように赤い鉱石の欠片がこぼれていた。倒れた時、樹脂に固められた石像が上部になっており、そのおかげで中がはっきりと分かった。石碑は内部をくりぬかれたようになっていて、そこに石像を納め、どのような技術でか、その上から樹脂でコーティングされているものだった。一人は美しい女。そしてもう一人も整った顔立ちの男だった。まるで生きているかのように美しく、生き生きとしており、まるで毛穴一つ一つ、産毛一本一本までも細部にわたって再現されたかのようだった。こちら側を見つめてうっとりと微笑んでいたが、その微笑みはこの世のどこにも向けられたものではなかった。二人の腰から下の辺りが真っ二つになっている。
「これは・・・・。まさかこんなものがあろうとは」
   誰かが呆然とつぶやいた。この文明にこれほどの写実的な彫刻を彫る技術も、これほどの装飾の技術も見かけたことはなかった。おまけにこの石像は、それが創られた後でわざわざ別の石を切り出して、その内部を丸く繰り抜いて、そこに収められていた。この樹脂そのものも、これだけの量を作り出す技術が二千年も前に存在したとは驚くべきことだった。周囲の出土品と全く様式が異なっているというレベルではなかった。現在の技術でもこんなものを作れるかどうか――。今までに見たことがない。こんなものが存在すると想像することさえできなかった。これだけが全く異質の非常に高度な文明によって作られたということを示していた。
   雷鳴が先程よりもおとなしくなり始めていた。ようやく突然の嵐も盛りが過ぎて、遠ざかろうとし始めているようだった。雨だけが未だ降っている。誰もが呆然と佇んでいる中、真っ先に現実に戻ったのは調査隊の責任者と、その助手だった。二人は顔を見合わせると、雷に打たれて割れたその石碑に向かってそろそろと這い進み、まずそのようすを調査した。手馴れた専門家たちの目は限られた時間の範囲で石碑の周囲をできるだけ詳しく記録しようとしていた。
「無傷で欲しかったが、仕方がない」
「だがこの発見は――」
   雷鳴が再び、今度は遠くで轟いた。雨は激しさを治めたが、今度は静かに降り続いている。
「とにかく防水シートだ。周囲の調査もしておかなくては」
「問題は天候ですね。このまま雨が降り続くとここから動かせない」
   徐々に最初の衝撃が薄れてくると、これほどの大発見と言っても良いほどの遺跡を前に、彼らは興奮を隠しきれず、だがしなければならないことは忘れなかった。保護と目印のために青い防水シートを被せると、雨の中、興奮のあまり彼らは大声で笑い合いながら、キャンプ場へと戻っていった。
「どうだったね、お嬢さん方」
   調査隊の責任者は上機嫌だった。話しかけられると少女は真っ白な顔で、なぜだか元気がないように見えたが、うなずいて同意を示した。
「・・・・すごい、発見ですね」
「あんなものは見たことも聞いたこともない。これから一体どうなるのか、検討もつかないって言うのが正直な所だ」
「・・・・これからどうするんですか」
「とにかく天候が回復するのを待って・・・・、待たなくても雨が小降りになり次第、屋根のあるところへ保護しなくちゃだめだな」
「それから?」
「それからって、もちろん調査するのさ。世界で唯一つの貴重なモノかもしれないからね」
   彼の目は未来に向かって耀いていた。だから気がつかなかった。少女が押し黙ったまま唇を噛み締めており、そして傍らの青年が心配そうな目でその少女を見つめていたことを。二人ともひどくもの思わしげに見えた。





<続く>



2010/06/24

説明っぽくてすみません。。しかも上手くいっているとは思えないかも。。
 淡々と続きます。

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