「小夜」
 呆然としていた少女が我に返ったのは、ハジの低い声を聞いたからだった。
「無事ですか」
 振り返って小夜は息を呑んだ。その黒衣のあちらこちらが破れ、流された血のあとが変色している。
「・・・怪我を・・・」
 しかし彼は首を振った。
「心配いりません」
 頭ではわかっている。翼手の身体はあらゆる傷を残さない。ほとんど時間を経ずに痕跡も無く消える。自分の身体を含めて。すでに青年の身体もほとんどの傷はふさがっているだろう。
だが小夜は。あの時の。メトロポリタンで失った彼の姿がどうしても頭から離れない。大きく刺し貫かれた背。振り返った姿。穏やかな微笑。その頭上に崩れ落ちてくる壁面。痛みに満ちたあの瞬間が再び甦る。
「・・・・・」
 それ以上声を出すことができなかった。戦闘の名残りを残した青年の衣服を、震える手で掴んだまま顔を伏せるだけで。細い肩が小刻みに震えている。
「小夜・・・」
 身体の震えを止めることができない。それは青年がいとおしげにその肩を抱いた時も、この場から離れようと促した時も、止まることはなかった。――怯えている。誰が言った言葉だっただろうか。あの時はハジが怯えていると言われた。だが本当に怯えているのはむしろ自分の方だ、と小夜は思った。もう二度と、あんな風に失う痛みには耐えられない。
 どうやっても止められない震えの中を、どのように移動したのかも小夜は覚えていなかった。ただ抱え込むようにしてハジに支えられていたことと、彼のその腕の感触だけが記憶に残る。力強く、だが体温の無いその感触だけが。




 涙を流すことも、声を出すこともできずにいる少女の身体を、青年はただじっと抱きしめた。この村の中では比較的安全だと思われる、あの丘の教会に「避難」した後も、夜の間もずっと。身体の震えを止められずにいる彼女のために。
 ようやく小夜の震えが止まり、まどろみの中に落ちたのは、もうじき夜明けという時間だった。まだ辺りは薄闇が垂れ込め、夜明けの気配は感じられたが、光はまだ遠い。青年は華奢な小夜の身体を毛布でしっかりと包み直すと立ち上がり、入り口の扉をわずかに開けて外を眺めた。青い明け染めの光がうっすらと山際を染め始めている。彼は目を細めてそれを見つめた。あの外見だけ幼い不思議な少女の言葉が甦る。
――あれが動けないでいるのは、あと半日――
 既に時間は経ってしまった。どうやら自分たちは何かの狩りに巻き込まれてしまったようだ、と青年は考えた。あの子供の言葉どおり、一刻も早くこの村から立ち去った方がいいことはわかっている。だが。
「ハジ・・・」
 ひどく頼りない声で小夜は彼を呼んだ。青年の黒衣の裾が翻る。
「もう、大丈夫」
 跪く彼の前で身体を起こしながら、小夜は言った。先ほど彼を呼んだ声とは異なって、意外としっかりした声に彼はほっとする。
「ここは危険です」
「でも、あの子は・・・」言いながら小夜はあの少女の、自信に満ち溢れた態度を思い起こして口をつぐんだ。自分たちがいては邪魔だと言いたげな尊大な態度だった。
「わかった。この村から出よう」




 二人は来た時と反対、村の裏側へと抜ける道を辿り村から出ることを考えた。先ほどの闘いの場からはなるべく離れていた方が良いだろうと考えてのことだった。その時になってようやく光が差し込んできた聖堂の、色硝子の美しさを再び眺めながら小夜は立ち上がった。昨日はこの光に祝福されて出て行ったようにも思えたのに、今はただの色つきの光に見える。建物から出ながら小夜は振り返り、薔薇色に染まったどっしりとした壁面を眺めた。素朴なその造りは小夜たちを拒絶しているようにも、なぜ出て行くのかと責めているようにも見えて小夜の不安を掻き立てた。
 周りこみながら反対側に出ると、依然濃い影の中に続いていく道なみが眼下に見える。村の境の塀はその中に隠れていて見えにくかった。その向こう側は朝霧の中に翳んでいる。あの中を行かなくてはならないのかと思うと心が重くなった。それだけではない。小夜の心の中には、未だにあの小さな少女の姿が、なにやら後ろめたさのようなものと共に消えないでいた。不思議なあの少女。しかし低い声で青年に促されると、小夜は思いを振り切るようにそちらへ降りていった。
 朝の道はしっとりと露に湿っていて重い。足元が暗い中、小夜は村を出て行く道を急いだ。太陽が教会に遮られて見えなくなってしまう。寒々とした道は霧の中へ通じているようで、その不確かさに居心地の悪さが益々ひどくなった。周りは丘陵地帯が続いており、まばらな草が申し訳程度に生えていて、その先は同じ様に霧に包まれ、まるで見えないものに通じているようで果てしがない。今歩いているこの道のように、何もかもがあやふやで心もとなく、まるで同じところを巡っているように――。果てがない?
 小夜は自分で自分の思考にはっとなって足を止めた。
「小夜」
 少し先を行くハジの姿がくっきりとなった時、思わず安堵の息をもらす。二人はようやく自分たちがいくら先に進んでも、同じような道を辿っていることに気がついた。今度は足を速めて急いでみたが、何回やってみても、いつの間にか同じ様な道を歩いている。
「どういうこと?」
「閉じ込められたようです」ハジの言葉は冷静だった。
「・・・・何か見えない力が、私たちをこの場所に封じ込めているのでしょう」
「見えない力・・・。あの、私たちに襲い掛かってきたモノの?」
「わかりません」
 この村はわからないことだらけだった。不可思議な現実感。あの化け物。そして少女。あの少女はここを狩場と言った。何の狩場なのか。まさかあの化け物のための? でも。あんなにたくさんの犠牲者を出しながら。
「ハジ。戻ろう」
 決心したようにそう言う小夜を心配そうに見つめながら、しかし青年は止めなかった。どの道ここに居ても同じことなのだ。あの不思議な少女は避難してと言った。だがどこにも隠れ場所はない。考えてみると自分たちはずっとそうだった。逃げ込む場所など、最初から無かった。考えることすら許されてこなかった。それならば行くしかない。東から来る光を上方に見つめながら、小夜は一つしかない道を急いだ。




 丘の上に登ってしまうと配下に家々が低く眺められ、その距離の近さに小夜はこんなに近かったのかと密かに驚いた。そのまま教会の方を振り返らず、まっすぐあの異形のものと出会った大きな古い家へと向かう。昨日血の匂いを辿って走った道を、今度は用心に身を引き締めて歩いてみれば、閑散として空虚な雰囲気だけが村を覆いつくしているのがわかった。朝の光はそのままであるのに、捉えどころのない陰鬱さが歩み続けるに従って大きくなっていった。
 最初にそれに気がついたのはハジだった。あるはずのものが無い。昨日あれほど強烈な匂いを放っていた血臭が、今は一切していなかった。血が流れたならば、いくら丹念に洗い落としたとしても、いくばくかの痕跡は残る。常人にはわからなくても翼手であるハジや小夜の感覚にはわかるはず。ましてや大量の血が流されたのである。それが今は一切しない。消毒されたというよりも、最初から無かったように綺麗さっぱり拭い去られていたようで、不可解さを通り越して不気味だった。そしてこの雰囲気。野良犬の気配、野鼠の気配一匹しない。普通ならばいるはずの鳥の声すらも。時間が硬化したような無の気配、死の気配に満ちていた。
「小夜」
 彼女の身体がわずかにハジの方へ傾いた。
「誰かが・・・・。違う。何かがいる」
 少女の瞳が赤い輝きを帯び始める。次第に張り詰めていく空気に、身体が戦闘の準備に引き締まっていくのがわかった。その感覚を、懐かしいと思うと同時に小夜は嫌悪も感じていた。
 その瞬間に殺気が二人を襲った。それまで死んだように無機質だった空気が沸騰して鋭く爆ぜ、今迄二人が立っていた場所に大きく掻いたような爪あとが走る。それを横目で見ながら小夜は大きく跳びすさった。二人が飛び退いた瞬間に、寸時をおかずに今度はそれが方向を変えて柔らかな少女の胸に狙いをつける。だが小夜と入れ違うようにハジがその前に飛び出し、楽器のケースで横殴りに殴りつけた。その隙に小夜は構えを整えることができた。うなり声のようなものが聞こえてきた。空中でわずかに身をよじり、直接の衝撃を逃れたそれが、身を低くして地面に降り立ち、じっとこちらを見ている。その身体からは昨日の名残に左腕に当たるものが消失していた。憎悪と飢餓に染まった、真っ黒な目はほとんど白目と言うものは見受けられず、沼のように底知れぬ暗いものを宿していた。その目には本能からくる欲求しか映っていないというのに、時折わずかに人間のそれに似た知性が閃き、醜く縮んでいる身体や、それに比べて奇妙に長い手足との差異を際立たせ、異形の外見を余計におぞましいものとして感じさせていた。
 かばうように自分の前に立つハジの身体ごしにその獣のような姿を見ながら、小夜はゆっくりと刃を引き抜いた。相手も力を溜めているのがわかる。来る!と思った次の瞬間、再び暴発するように異形が襲い掛かった。それは小夜を襲うと見せて、盾になったハジめがけて襲い掛かると、ケースに金属音を立てながら、青年の脇腹を蹴爪で狙った。ぎりぎりでかわしたハジの右脇が刃のような爪に曝され、隙ができる。彼が受けたわずかな裂傷から血が飛び散り、小夜の頬に飛んだ。
「ハジ!」
 目の前で起きた短い戦闘に小夜の目が赤光を帯び始めた。青年の血が少女の頬を伝い落ちていく。怖れの代わりに真っ赤な怒りが小夜の頭に忍び込んでくる。
「許さない・・・」
 その時、それが笑った。笑ったように思えた。言い知れぬ禍々しさが背中を走り、小夜は刀の柄を両手でしっかりと握り締めた。相手の欲求が肌に粟を生じさせる。瑞々しい少女の身体を求め、引き裂こうと、一つしかない腕が軽く地面を掻いている。醜悪な身体が再び弾かれるように小夜に襲い掛かった。青年の身体の下をかいくぐるようにしてから、再び地面を蹴って飛び掛る。
 小夜にはそれが緩やかな放物線を描いているように見えた。自分を目掛けて飛び込んでくる小柄な禍々しい影の姿。そのおぞましい鉤爪を小夜は自分の刀で受け止めた。翼手である彼らの反応速度を凌駕していたその動きに、彼ら自身の目が慣れて、反射速度が上がり始めているのだ。鋼鉄の爪が刀の刃をこすって、嫌な音を立てた。勢いに乗って、足で小夜の腰辺りを刺し貫こうとする相手を身をよじりながら受け流し、再び身構える。相手の速度にさえ慣れてくれば、幾多の闘いを経験している小夜は決して弱者ではなかった。
 異形の真っ黒な、何も感情を映さない目が値踏みするように二人を見上げて目を眇めた。以前には簡単に仕留められると思っていた獲物が、今回は手ごわい相手になっているのに戸惑っているように見えたが、やがてそれはじりじりと、追い込むように小夜の周囲を巡り始めた。
 呼吸を計っていた青年が、ケースを巨大な武器として振り下ろす。しかし前回と同様に相手はチェロケースの反動を利用してそれをよじ登るように駆け上がると、そのままそれを踏み越えて飛び上がった。
小夜は刀を正眼に構えたままそれを待った。相手が十分に近寄るまで待ち、そして一閃する。手ごたえがあった。生臭い血の匂いがする。小夜が再び構えを整えた時、小さな血溜まりがすぐ傍にあるのに気がついた。しかし致命傷にはなっていない。
「惜しい――」
 その時、どこからか幼い子供の声がした。細く、小さな子供の声。鈴を転がしたように可愛らしい声だと言うのに、それはなぜか非人間的で、この殺伐とした雰囲気を楽しんでいるかのような響きを帯びている。小夜は身構えた。それがその小さな声の持ち主を化け物から守ろうとしているのか、それとも持ち主自身に対してのものなのか自分でもわからない。少女の気配を探っているうちに、どこからか空気を切り裂く音ともに石礫が飛んできて、小夜たちの死角になっている納屋の隅を打ち据えた。子犬が悲鳴を上げるような声が聞こえたかと思うと、影がまろび出るように小夜たちの前に姿を現した。同時にもう一人、姿を見せたのは、あの子供。あの少女だった。
「あなたは・・・・」
「おねえさん。どこかに避難してた方がいいって言ったのに」
 そうやって口を尖らせるしぐさは、どこから見ても歳相応の子供に他ならないのに。
「やっぱり来ちゃったんだね」
そう言いながら、微笑んだ。
「気をつけて、おねえさん」
 追い詰められた獣の様相で、異形のものが小夜を目掛けて飛び掛った。少女に気を取られていた小夜は一瞬反応が遅れる。その時、傍らの青年の手から銀色のナイフの光が飛び放たれ、濡れ濡れと大きく張り出していた左目に突き刺さった。小夜の身体に触れようとした姿勢のまま、宙を掻くようにしてその小さな身体が落ちていく。黒々と墨を溶かし込んだような目に、一本しかない自分の大きな鉤爪で傷をつけながら、引っかくようにしてナイフを抜き取ると、威嚇の声を上げながら後ろに下がった。どす黒い血が飛び散っていた。曲がった身体で、弱々しくあがきながら後ずさりしていく姿は、追い詰められ、捕獲されようとしている野生の獣のようで、一瞬小夜の心は憐れみに動かされた。殺したくなかったのに。かつても。今も。
 ふらりとよろめくように小夜の身体はその異形のものに近づこうとしていた。
「小夜!」
 ハジが珍しく声を上げ、小夜の腕を掴んで引き寄せた。いくつかのことがほぼ同時に起きた。今まで小夜の立っていた場所に禍々しい鉤爪が立っている。同時に小さな少女の手から得物が飛び、正確にその異形の歪んだ身体の真中に突き立った。




 小夜が気がついた時、仰向けに倒れた醜い曲がった身体が大振りの小刀に刺し貫かれ、ひくひくと痙攣していた。小夜の胸位までしかない小柄な少女が、それに向かってすたすた歩いていく。まるで何か面白いものを見つけ時のように、目を輝かせてにこやかに歩いてきたその子供は、外見からは想像できないような力で得物を引き抜くと、そのまま死の痙攣を起こしている身体に無造作に振りかぶって振り下ろす。肉と骨を絶つ音ともに首が切り落とされた。噴出す血を避けるように少女は一歩下がった。
「これでお終い」
 傷口から溢れ出てくる血が少しずつ勢いを失っていくのを確認すると、少女は肩の力を抜いて、ふっと息をついた。
「ちょっと予定が変わっちゃったけど。でも、楽しかったね」
 振り返る顔のあまり無邪気さに小夜は言葉を失った。
「どうして・・・」
「ちがうの?」少女は無邪気に笑っていた。
「おねえさんもなかなかやるね。見直しちゃった」
 あんなに残酷な戦闘を見せた後とは思えないほどあっけらかんと、朗らかに少女は言った。楽しい遊びが終わった時のように。
「なぜ。笑えるの?」小夜は震える声で言った。
「私は・・・・。私はこれ以上人を傷つけたり、傷つけられるのを見るのは嫌なの。こんな風に殺すなんて・・・」
「だって。仕方がない。アレは人間を食べるから。人の恐怖や怯えと一緒に」少女は笑った。
「不思議。おねえさんだって狩人なんでしょ? おねえさんの身のこなしと太刀筋がそれを教えてくれたもの」
「もう、そんなことは嫌なの! 傷つけるのも、人に利用されるのも」
 だからこうやってひとつ所に留まらずに旅を続けているのだ。それなのに。今回も人が死んだ。確かに自ら手を下した訳でも、直接関わった訳でもない。しかし小夜の中で誰かがささやく。おまえが関わった者は・・・・。
 血だらけだった家の様子。折り重なった無残な死体。あんな風に殺されていい命なんてない。
「あれは違うのに」小夜の淋しげな目を、つまらなそうな様子で見ていた少女がその時口を開いた。
「誰も死んでないの。人間はね」
「どういうこと?」
「昨日の死体、皆いなくなっていたでしょう? 最初から、死体なんて無かったの。全部私がアレに対してそういう風に見せかけただけ。だって人間を傷つけるのは規則違反だから」
 誰も死なない。誰も傷つかない。アレ以外は。そう言って少女が上を見上げると、空は満天の星空になっていた。一体いつの間にこんなに時間が経ったのだろうかと小夜は呆然と思った。気がつかなかった。夕焼けも、落日も。
「ほら。時間が元に戻っていく」
「・・・・あなたの仕業なのですね」
 青年の感情のこもらない声にまったく動じたようすもなく、初めて彼に気がついたように首を傾けると、少女は軽やかな笑い声を上げた。
「ここに結界を張ってね。アレをおびき寄せるために人間がいるように見せて、封印をしたの」
 でももう狩場から出られるようになったはずだと言う、この幼い少女の外見を持つ存在の、底知れぬ能力に背筋が寒くなった。
「本当はね。さっきの戦闘を見ていて、おねえさんも連れて行こうかとも考えてたの。一緒に居たらとても楽しいと思ったから。それで一緒に狩りをするの」
 青年が背中で庇うように小夜の前に出る。少女の細い眉が片方、おやおやというように上がった。それからころころと笑い転げる。
「おねえさん、きっともうちょっと練習したらもっと狩りが上手くなるよ。でも、おねえさんの騎士は許してくれなさそうだし」
 それに、本当に狩りをするのが好きじゃないみたいだし。そう言うと再び笑った。それから大振りの短剣を剣帯に戻し、ぱちりと音を立てて鍵をかける。
「あなたは・・・何モノなの?」
 震える声で小夜は問い掛けた。思わぬ問いを聞いたように少女は目を大きく見開いた。そうすると齢相応の幼い子供に見える。けれどもすぐに少女は目の角で笑うようにして、小夜を見た。
「もちろん、おねえさんは私とは違う。私もおねえさんの種族とは違う。でもこうして時々狩りをするモノ同士が出会うことがあるの。時には一緒に狩りをすることもある。今回のように。でも。今のおねえさんは、狩りには耐えられないんだね。おねえさんは本当に優しい。あなたの騎士が怯えるのもよくわかる。――それにおねえさんの精神は人間にとても近い。ほとんど人間と言っても良い位に」
 悪いことじゃないよ、と少女は再び笑った。
「おねえさんの種族は人間に寄り添うようにして――どちらかと言うと、人間に同化して生きることを選んだのだから。確かに私とは違う」
 少女は二人から後ずさるようにして遠ざかった。
「私が何か、と訊いたよね? 私はね、おねえさん。子供のカタチをした何か、なんだよ。人間じゃない。
 でも逆なんだね、おねえさんは。種族の形態をまとっていながら、人間の少女なんだ」
だから私はあなたと一緒に居たかったのかもしれない。自分に無いものを持っているあなたと。
「そしてあなたの騎士はあなたゆえに青年であり続けるんだね。人間の」
 少女はちらりとハジの方を見て、それから再び小夜に視線を戻した。
「面白いね、おねえさんたちは。どこまであなた方二人が歩いていけるのか、とても興味深い。悪いことではないよ」
「待って」
 踵を返そうとする少女に向かって小夜は言った。
「あなたは・・・寂しくないの?」
 たった一人で。その言葉に少女は眉を上げた。
「おねえさんはやっぱり優しい。でもね、自分の寂しさを他人に投影してはいけないよ。さっきも言ったように、私は子供のカタチをしている何かなの。寂しさは感じない」
 言い捨てるなり、少女の姿をしたものは、最初に出会った時のように、大きく跳躍したかと思うと姿が見えなくなった。
「待って――」
「小夜」
 追いすがろうとする小夜の手を止めたのはハジの声だった。
「あれを・・・」
 青年が指差す方向を眺めてみると、東の空がうっすらと明るくなっている。夜明けが近くなっているのだ。まるで時間の間隔が狂っているように、夜がやってきては過ぎて行った。そして夜の向こう側から、小さな物音がして、廃村同然の村の中から朝の気配が立ち上ってくる。
「人が・・・」
 ハジがうなずいた。人の気配が戻ってきている。結界が晴れてきたといった少女の言葉の意味を小夜は今実感した。
「夜明けです」


 そして一日の最初の光が昇ってくる。すべての惨劇を取り除くように、鮮烈な光が宵闇の暗がりを祓い染めて、木々に家々の薄汚れた壁に、そして村全体に及んで一瞬の真新しい輝きに満たしていった。遠くに見える丘の教会の壁が柔らかく薔薇色に輝いている。
 その中で、二人の前に村から外へ出て行く道が一筋、朝日の中にくっきりと浮かび上がっているのだった。




END



2008/08/10

 待っていてくださった方がいらっしゃったかどうかわかりませんが、お待たせしました。後半。「ハジ小夜」とは言えないお話を書いてしまって申し訳ありません。こういうのしか書けない私はダメダメです。。。
 結局正体のわからないモノを二つも出してしまうし、その解説もほとんどしないままに終わらせてしまうし。まあ、あくまで二人の視点からの話だということで、一つ、お願いいたします。(でも、本来こういう胡散臭い存在を書くのって実はとっても好きなのです。あのバケモノを書いているうちに可愛くなってしまって、「これじゃ駄目だ!」と思い直し、今回後半の手直しをしている間にかな~り描写を削ったのは、ここだけの話にしておいてください。)
 小夜については。ハジがニューヨークで一旦姿を消した事は、ベトナムでハジの腕を切り落とした以上のトラウマになっているのではないか?との萌え妄想から出発してこんな展開に・・・。どうしてこの妄想のオチがこんな風になってしまったのか、自分でも不思議です。
 一応その肝心の妄想部分を書けたので個人的には満足。。。ですが約2名オリキャラ部外者が目立ちすぎ、最後が・・・のところが反省点(なんであんなにキャラ立ちさせちゃったんだろう)。申し訳ありませんでした~~。

Back