琥    珀





 5. ボルドー三たび 1883年 : 琥珀の瞳



その頃私はパリにいるジョエルの息子の元に身を寄せていた。一族の要職を辞して以来、私はジョエルや彼の元を度々訪れ相談役、というよりも話相手になっていた。私の持つパイプラインはさぞ彼らの役に立っていたことだろう。だが私が心を砕いていたのはジョエルが翼手と名付けていた彼女達の行く末だった。ジョエルが何を考えているか、変化の一つも見逃すわけにはいかない。そしてジョエルの息子らがそれをどう受け継いでいくのか。
 しかしながら私は彼女達自身には決して直接逢わなかった。



 ジョエルが自分の72回目の誕生会を開こうという時、当然のことながら招待状は息子である彼と、何故か私にも届けられた。それをジョエル独特のユーモアと受け取ったが、何故だか私はひどく気落ちがしていた。既に私の予知の力は私を離れていたにもかかわらず、ジョエルの息子は誕生会に出席することを取り止め、私にもそうするように勧めた。ジョエルの息子はとても聡く、決断力のある人物だった。父親のしていることが何であるか、もしかすると当のジョエルよりも理解していたのかもしれない。
 ――私の一族からあの惨劇の予知が届けられたのは、当日の朝早くだった。
ついに来るべきものが来たのだと私は思った。この事が起こらないように私はジョエルに近づき警句と助言を与え続け、私自身はこの五十年常にこの事を恐れ続けていた。もう遅いかもしれない。それでも回避できるものならば。
 すぐにジョエルの息子は動物園に使いを出したが、間を置かずに彼が武装させた十人程を準備させて送り出していたことを知って私は驚いた。彼は翼手達を危険なモノとみなしている。翼手を恐れるという一点において、彼の判断は正しい。しかし、いくら武装したからと言っても人間以上の力を持つ翼手に人間が立ち向かう事などできるだろうか。それよりもそれによって彼女達を刺激してしまう事を私は懸念した。私は彼らよりも翼手というものを知っている。彼女達は必ずしも人間に敵対するものではない。特に私はジョエルが育てた「彼女」を遠くからだが見たことがあった。危険は感じられなかった。むしろ警戒すべきは「彼女」の片割れ・・・。人間に愛されることも愛することも知らずに虐げられてきた淋しい子供。そして私の予想が正しければ、それに対抗できるのはジョエルがサヤと名付けたあの子だけだった。
 私はすぐに後を追った。ジョエルの息子は危険であると私を止めたが、もしも間に合わなかった時の事を考えると一刻の猶予もならない。そして彼女達が身を隠したなら、私以外の誰が彼女達の位置を見つけられよう。私自身の予知の力は失われたが、私の力はそれだけではない。せめてジョエルが育てたサヤだけは、何としても脅かす事無く安全に保護したかった。



 私が目的地に辿り着いた時、そこに見たのは炎に包まれたジョエルの館と累々たる死体の山だった。遺体の多くは痛んでおり、いくつかはひからびているか、白蝋のように白くなっていた。そして間違いようのない特徴は首筋に傷を負っている事。翼手の口付け。
 その中にジョエルの姿を見つけた時、私は不意に胸の真ん中を突かれたように感じ、自分が彼の死を悼んでいる事を知った。あの、温厚さと傲慢さと愛情深さをすべて持ち合わせていた魅力的な紳士は、私の人生の長い時間に無視できない影響を与えてきた。彼と共に私の中の何かが終わろうとしている。私は彼の遺骸の前に跪いたまま静かに黙祷を捧げた。この全ての発端となった人物の魂が安らかでありますように――
 しかし感傷に浸っている時間は私にはなかった。私はすぐさま彼女達の気配を探らせたが、二人のいずれも館の近くには居なかった。一人は遠くに、そしてもう一人は・・・。
 近くにいるのはどちらなのか。サヤであることを願いながら私は捜索隊に加わる事にした。だが一方で私はこの惨劇を引き起こしたのがサヤの片割れであることを疑ってはいなかった。こういう時の私の予感は決して外れない。しかしなぜ今更これが起こったのか、サヤへの影響は何かあるのか、私の持つ知識だけではわからなかった。私には既に予知の力は無く、用心を重ねなければならない。

 

 彼女が見つかったという一報が入ったのはそれからしばらく経った時だった。それがサヤであるらしいと言う事に私は安堵を隠せなかったが、もう一つ。新たな事実に私は驚かされた。彼女は一人ではないらしい。その知らせに私はジョエルがサヤのために引き取ったという子供の事を思い浮べた。これは喜ばしい徴だと私は思った。彼が、人間が一緒ならば、サヤに私達と共に来るように説得できるだろうと。だが物事は既に私の予測を超えて動きだしていた。
 ジョエルの息子がどんな指示を出していたか、私は知らない。しかし彼らにとって翼手というのは単なる危険極まりない化け物だということを私は失念していた。あるいは実験動物か。彼らは無理矢理彼女を、サヤを「捕獲」しようとしていたのだ。まるで野性の獣を狩るように。私が絶対に避けたかった事態が起ころうとしていたのである。
 人が自分の理解できない存在に行き当たった時にどのような行動にでるかも、どれほど残酷な事ができるようになるかも私は知っている。魔女狩りの記憶はそんなに古い話ではない。私が急いで現場に駆け付けようとした直前。遠くから銃声と争いの音が聞こえ、私は自分が間に合わなかったのかと思い一瞬血の気が引いた。
 ――だが私がそこに見たものは。
 夕日の照り返しに黒く輝く皮膜のような翼とそれを背負ったまま血塗れになっている青年の姿。足元に倒れているのはジョエルの息子が差し向けた人々だった。私の足は凍り付いたように動かなかった。驚きとともに、私の一部はああそうだったかと納得していた。眷属の出現。あの青年が。
 凍り付いた時間の中で微かな嗚咽が響いていた。私がそちらの方へ目を向けると、黒髪の少女が涙に震えながら彼の姿を見つめている。
・・・・サヤ・・・・・。
 声にならない声を私は聞いたように思った。そのとたんに青年の黒い翼が折り畳まれるように消え失せ、彼は半ば茫然と彼女の姿を見つめた。少女は口元を覆ったまま二三度微かに首を振ると、よろめきながら立ち上がりおぼつかない足元で青年の元へと歩み寄った。言葉もなく彼の姿を見つめて、黙ったまま。
 二人とも自分達が何であるか、何が起こったのか混乱の中で溺れているようだった。決して彼らをこのままにしてはならない。それが同情や共感からくる保護欲なのか、恐れからくる用心なのか、私は自分の感情がわからなかった。彼らはひどく憔悴した様子で、この世に二人きりしか存在していないかのように、身を寄せ合っている。そのくせ彼は彼女の肩に庇うように回されている手すらどこか躊躇いがちで、青い瞳が威嚇するようにこちらに向けられていた。走り出てきた男達が、追い詰めるように二人に向かってじりじりと迫っていたのだ。
 サヤと、あの子の名前を呼んで。私はようやく二人を「確保」しようとしている者達に囁いた。幸いなことに彼らのうち何人かは私の事を知っている。私が何者かを知らなくても、ジョエルとジョエルの息子にとって無視できない人物であることを知っていればそれで十分だった。手荒にしないで。礼を尽くして呼ぶのです。ジョエルの息子が逢いたがっていると。
ジョエル。とサヤはぽつりと呟いた。
 恐がらないで大丈夫だから。二人には見えない後ろの方で、私は彼らを見つめて口の中だけで呟いた。私の言葉がどれほど伝わっているのか。しかしサヤは意外にしっかりした目をして彼らを見つめ、一つ頷いて言った。
行きます。




 それから二人は罪人のように黒い馬車に乗せられてパリのゴルトシュミット邸へ連れてこられた。遠くから彼らを見守る事しか出来ない事に胸が痛む。物事の主演はいつも私達を通り過ぎ、私達の役割は傍観者にしか過ぎない。今頃二人はジョエルの息子の前で何が起こったのか、話をさせられていることだろう。同時に自分達が何であるのか、人間ではない事実を突きつけられる。自分達の正体を。
 ジョエルの息子が彼らの事をどのように説明するか私にはわかっていた。沈痛な気持ちで外を眺めながら私はジョエルの息子を待つしかなかった。
 私はジョエルに彼女達を愛して欲しいと言った。彼女達の生を産み出したのなら、慈しんで育てて欲しいと。だが今や楽園は失われ、舞台裏が彼女の前には開かれる。そして一方サヤに眷属が誕生したのと同様に恐らくサヤの片割れにも眷属が誕生するだろう。人間の暗い部分の結果としての彼女。
多くの異形のモノが生まれる。生命が撓められる音が聞こえる。災厄の扉が開かれようとしているのだ。私は遠い過去からその音を聞いていながら、ついに何も出来なかった。




「あなたのおっしゃられた通りでしたよ」戻ってきたジョエルの息子は私を見るなり開口一番、そう言った。
「彼女は言いました。あの惨劇を引き起こしたのは彼女ではなく、ディーヴァだとね」
「ディーヴァ?」
「あの塔の中で飼育されていた少女の名前だそうです」
 なんという昏く輝く響き。それでも打ち捨てられたようなあの少女に名前が与えられていた事は私の慰めになった。
「だがサヤの言う事をそのまま信じてよいものかどうか」
「大丈夫。あの子達は外界を知りません。つまり虚言を弄したり、人の意図を測ったりする必要の無い環境で育ってきた言わば無垢で純粋な存在です。嘘をつく事はないでしょう」
「無垢で純粋とは。あなたのお言葉でなければ・・・。いや、失礼」
 嘘をつくのは人間の方。人を謀るのも人間の方。私は目線で彼の言葉を封じた。
「だがその翼手が父を殺したのですよ。その他の大勢の人たちを。危うく私達もあそこにいた筈だったことをお忘れですか」
 確かに私達が免れたのはほんの僥倖に過ぎない。しかし予知の能力によって生計を立てている一族に生まれた私には、この偶然がそれなりの意味を持っていると思われた。遺された者がやらなくてはならない事がある。
 サヤの片割れ――ディーヴァは動物園を逃げ出していた。一刻も早く彼女を捕らえなければならない。翼手と名づけられたあの種族の存在は、この世に知られるにはあまりにも危険すぎる。利用する人間、いやそれよりもそんな人間を彼女が利用するようになったならば。翼手は不死身に近いのだ。
 それを阻止するには、どうしてもサヤとその眷属となったあの青年の協力が必要だった。人間が翼手と立ち向かうには想像以上の力が必要となる。
 しかしその事をジョエルの息子に告げた時、当然のことながら彼は反対の意を示した。
「彼ら自身翼手ではないですか。しかもなぜ――あの青年も翼手になっているのか。翼手はあの少女達二人だけだった筈なのに」
 私は首を振った。
「だからどうするのです? 殺すのですか? それともジョエル同様実験体として監禁する? いいえ。そのような事を言っている場合ではなくなるでしょう」
「どういう意味ですか?」
「どうやって彼が翼手になったか知っていますか?」
 運命の皮肉を私は感じていた。彼らが翼手と呼ぶ種族の事をこの世から秘するために、私はゴルトシュミットの元へやってきたというのに、その私が今まで黙してきた多くの事柄を伝える役割を担うとは。人間以上の生命。人間に寄り添い、擬態する事によって存在する生命。――そして女王は眷属を増やす。あの不吉な力、ゴルトシュミットの崩壊を招いた力を野に放ってはならない。恐らくディーヴァと呼ばれるもう一人の少女の脅威はゴルトシュミット一族の悲劇だけには留まらず、さらに大きな厄災を齎すだろう。それが目に見える形となってからでは遅いのだ。
「あの二人を尊厳とともに人間として扱ってください。彼らの心は未だに人間のそれです。
 そしてそこに私達の勝機がある。彼らが人間を愛して人間とともに歩く事を望んでくれれば、厄災の種から人間を守る盾になってくれるでしょう」
「それならば我々が彼女達の支援をしなければ。ゴルトシュミットがこの災いの火種を蒔いたのなら、ゴルトシュミットがそれを終わらせなくてはなりません」
 まだ若々しい声が私達の会話に割って入った。私達はその声に振り向いた。一人の青年がそこに佇んでいる。ジョエルの孫。祖父の名をもらってジョエルと名付けられた若者。
「小さなジョエル」と私は彼の愛称を呼んだ。
「険しい道になりますよ。動物園の崩壊に伴ってゴルトシュミットは表舞台から去らねばなりません。誰にも知られぬ秘かな活動となるでしょう。翼手の存在は人に知られてはならないからです」
「覚悟してます。それに私はもう小さなジョエルではない。お祖父様は・・・亡くなられたのですから。ジョエルの名前はゴルトシュミットにとって、戒めの名前となってしまった。
――結社を作ろうと思っています。災いを避けるため、そして翼手の存在を隠し通すための組織を。協力してくれますね。あなたも」
 子供だと思っていた彼も既に二十代半ば過ぎ。私が最初に出会った時の彼の祖父の年令になっていた。こうして私の持っている力を正確に推し量り、協力を要請するまでに成長して。私は急に自分が年を取った事を感じた。私はただの年老いた女。だが――
「わかりました。ジョエル。あなたに協力しましょう」



 私はその日、一族を離れてからはずっと身に着けて居なかった白い衣をまとい、頭布を深く被って支度を整えた。私にとってこれを決断する事は容易ではなく、ある種の恐れと逡巡が今も胸の中にある。だが一方私には私にしかできない事がある。ゴルトシュミットの、いえ世界のために、そして彼女達のために。
 私はこの生涯で初めて、翼手であるサヤに逢うことを決めたのだった。サヤの部屋へ行こうとすると心配そうにジョエルの息子が誰かもう一人つけようとする。だがそれを鄭重に断ると私は一人で彼女達に逢う旨を彼に伝えた。どの道惜しい命でもない。
 サヤは既に取り乱してはいなかったが、自分達を襲った事実の重さにひどく打ちひしがれ、目を泣き腫らしていた。それでも私が部屋に入ってくると心持背を伸ばし、まっすぐな瞳でこちらを向いて覚悟を決めたように私を見つめた。一歩控えて今や彼女の眷属となった青年が彼女を護るように立っている。私はなるべく距離を取るようにして椅子に腰を下ろした。
「少しは落ち着きましたか?」
 彼女の目を見たとき、混乱と悲しみに奥にある無垢な色に私は驚いた。彼女が人間ならば、私よりほんの何歳か若いだけだったのだと思うと、その外見の幼さともあいまって不思議な気分になる。
「あなたは?」
「私は・・・ジョエルの友人です」
「ジョエルの・・・」
「聞いたのですね、すべてを」
 サヤは鳶色の瞳を揺らし、膝の上で手を握り締めてうつむいた。
「私が、すべて私が悪いんです。私は・・・自分が・・・」
 翼手という言葉を、彼女はどんな風に表現したらよいのか考えあぐねているようだった。無理も無い。自分自身を化け物と呼ぶ事は躊躇われるのだろう。
「何も言わなくてもいいのですよ」
「でも、私さえいなかったら――」
「そんな風に自分を責めないで」
 虚しい言葉だと私自身わかっていた。
「責めないなんて、そんな事・・・・」
 サヤの瞳は絶望に染め上げられている。その無垢さゆえに今の絶望に彼女が耐えられないのではないかと私はそれが心配だった。
「自分の命を否定しないで。あなたが何者であっても、あなたは望まれてこの世に生まれてきたのです。ジョエルが、あなたがこの世にいる事を望んだのです」
 そう。私の忠告が遅かったために、あなた達はこの世に生まれてしまった。ジョエルがあなた方を望んだのは、あなた達が愛しくてというわけではない。
「でもジョエルは――」
言いかけてサヤは絶句した。
「私はジョエルの、とても古い友人です。あなたの事も知っている。ですからサヤ――」
 私は初めて私の言葉で彼女の名前を呼んだ。最初に望んだ事が愛からではなくても、人間とは不思議なもの、それがいつの間にか感情を育てる。
「ジョエルの身内なら決してあなたに言わない事を、私なら言える。これが慰めになるかどうかわかりませんが。
 ジョエルは確かにあなたを愛してました。娘のように大切に思ってました。どんな理由があろうともその事実だけは確かです。ジョエルの愛情を、あなたの中のジョエルとの思い出を大切にしてあげて」
 そして私達人間を嫌わないで――。私は心の中で付け加えた。サヤの大きな鳶色の瞳から涙が零れ出た。
「もしもあなたが生きる事に絶望しているのならば、あなたに役目を与えましょう。あなたにしか出来ない役目を。私達にとって、あなただけが頼りなのです」
 なぜならあなたの血だけが倒せるから。ディーヴァを。ゴルトシュミットの一族を滅ぼしたものを。私はその言葉で彼女に自分の妹を狩る事を強要した。ディーヴァを狩る事。妹を。もう一人の自分を。
 このような形で彼女達種族特有の女王の淘汰が起こるとは思ってもいなかった。人として育てられたサヤにとってこれはどんな意味になるのか、私は自分の罪深さをよくわかっている。
 だがサヤは頷いた。その細い手で、自分が何かさえ良くわかってはいないだろうに、彼女は決意に満ちた目で私を見ていた。中味は戦士として鍛えられてもいないただの少女。それなのに。
「私はジョエルが好きだった。大好きだった。総てが失われたのも、世界が厄災に見舞われるのも私のせい・・・。それなら私が差し出せるのは私の命だけだから。私がディーヴァを。私の命と引き替えにしても。
必ず――」
 その瞳を見て私は息を飲んだ。伝説に語られている通り、少女の瞳は血の赤に染まっている。美しい紅玉の色。傍らに黙って立っていた青年が何か言いたげに彼女に向かって口を開きかけたが、ついに言葉は出ず、代わりに静かにこちらに目を向けた。
 その目がサヤの瞳とは対照的に青灰色をしている事を私は知った。私の言葉を非難しているわけでも、まして感謝をしているわけでもなく、ただ静かな色をしている。女王の眷属、第一騎士。しかしその目の奥に、彼自身未だ気がついていない彼女への想いが眠っている事に私は気がついた。長い年月をかけた想いだけが持つ穏やかな色。
 二人を見つめながら、私は胸の中に湧き上がる共感と憐憫をどうする事もできなかった。長い物語が始まる。私は二人の行く末を思いながら席を立った。




 翼手というのはなんと純粋で一途な種族なのだろうか。彼女はその想いだけでこれからの長い年月を翼手を狩り妹を狩る事だけに費やし、彼はその想いをすべて彼女のために捧げて時を過ごしていく。永く続くだろうその想念の不変性は人には真似できないものだろう。人間にはこんなに永くは激しい想いを抱いていることはできない。そう思うと彼らの不死性がどこからきているのかわかるような気がする。
 私は彼らの歳月を見守る事はできない寿命に縛られた自分自身の生命を思った。彼らが自分達の定めを負って辿る歳月はどれほどの長さになるのだろう。残念ながら私の寿命はそれほど長くなく、私の一族ですらやがて滅びる事が決まっている。



 私は音もなく私の部屋へと入ってきた小さな影に気が付いた。十年前に私の胎内にいた私の血を引く私の娘。そのために私は予知の力を失い、そしてそれを後悔してはいない。
「かあさま」
 娘が一歩踏み出すと日の光が小さな足元に差し込み、その暖かさに彼女は微笑んだ。私は一族の許可を得てわが娘をこのゴルトシュミットに呼び寄せた。九つにして娘の能力は既に開花し、私の助けになってくれている。
「かあさま」
 しきりに私の気配を探している。もう少しここから娘を見ていたかった。私の能力が定められた運命に負けたが為に、私の代わりに運命に捕らえられた私の娘。再び娘が私に呼び掛けると日の光が彼女の瞳に踊る。この子はこれからの人生をゴルトシュミットとともに、だが彼らとはまた違った目線であの二人を見守っていかなくてはならない。翼手という悲しい定めを負っているあの二人のために。この定めを避けきれなかった私の代わりに。
 私が娘の名前を呼ぶと、彼女は初めて顔を上げて私に向かってにっこりと微笑んだ。盲目の私の娘。青白い瞼が上がり、焦点の合わない目がふらふらと私の方に向けられると、光が弾かれてその瞳に宿る。

 その目は私同様琥珀の色をしていた。






END


2007.11.07(前半up)
2007.11.09(後半up)





 物凄く立ち位置の難しい人物を創ってしまいました。本当に妄想爆走。ほとんどオリジナルなのに、二人を出してしまうし・・・。すみません。反省してます。本当は全然二人を出さない筈だったのに、ついDVDを観返してしまってテンション上がってしまったらこんなになってしまいました。こんなふうに二人を書くのだったら、きちんとハジサヤで書けばいいのに・・・。ああもう、私ったら・・・。
 実はこの話で書きたかったのは、裏も表もあるジョエルの事と、それからせっかく時を越えて存在するモノが登場するのだから、世代交代というのを書きたかったのです。だからこそ、ジョエルの孫。とかオリキャラの娘。とかを(半ば無理やり)登場させてしまいました。
 でももう少し引いて書けば良かったと反省中。もう、反省ばっかりです。

 とにかく今回は捏造ばっかりでした・・・。(でも表出させたのはほんの一部・・・のつもり)





Back